ハードからソフトに、主役のサンゴが交代!?

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海コラム

コラムニスト: サンゴ礁学若手の会

Vol.08 ハードからソフトに、主役のサンゴが交代!?

硫黄鳥島での調査を機にソフトコーラルに注目


「サンゴ」と言えばサンゴ礁の主役、造礁サンゴ(ハードコーラル)でしょうが、今回は軟質サンゴ(ソフトコーラル)にも触れます。ソフトコーラルは、ダイバーにとっては群集ポイントが「お花畑」と呼ばれることでおなじみでしょう。しかし、このソフトコーラル、今のところサンゴ礁の学問上であまり注目される存在ではありません。私も、長年興味を向けたことはありませんでした。それが2009年の硫黄鳥島(図)での調査を機に、ソフトコーラルは造礁サンゴにとって代わりうる重要な生物では、と注目するようになりました。硫黄鳥島は活火山の無人島で、島の周囲には美しい造礁サンゴの群集が広がります。ところが、一部の海域では、まったく違う光景となっています。造礁サンゴでなく、ソフトコーラルのウミキノコが密生しているのです(写真)。


酸性化した海でウミキノコが密生


硫黄鳥島のウミキノコが密生する海域の海岸線沿いには、火山性の酸性温泉がわき出ていました。調査の結果、この温泉は二酸化炭素を大量に含む炭酸泉で、この海域は普通の海よりも酸性化されpHが低いことがわかりました。二酸化炭素の増加は、海水のpHを下げ海洋酸性化を引き起こします(前々号・前号参照)。つまり、硫黄鳥島のこの海域では、将来の海洋酸性化が進んだ海が再現されていて、将来の海では、この海域のように造礁サンゴに代わりウミキノコが密生する、と考えることができるのです。
酸性化した海で造礁サンゴに代わりウミキノコが占めるというのは、じつに興味深い点です。というのも、海洋酸性化が起こると炭酸カルシウムが溶けやすくなります。造礁サンゴは体の下に炭酸カルシウムの大きな骨格を作りますが、ウミキノコは体の中に数十μmの微小な炭酸カルシウムの骨片を持つだけです。つまり、造礁サンゴに比べウミキノコは石灰化の量が非常に小さくてすみます。この点から、ウミキノコは海洋酸性化の影響を受けにくい、と考えると、硫黄鳥島の酸性化海域でも彼らが元気に棲息することは理に叶っています。


酸性化はむしろ有利?実験でわかった新事実


硫黄鳥島では野外において酸性化した海が再現され、長期間にわたり光・水温の変動、他の生き物の影響、生活史などが加味されています。これらは実験では再現することができませんから、硫黄鳥島はじつに貴重な場所と言えます。しかし同時に、野外の複雑な環境下であるため、ウミキノコが密生する直接の原因に、酸性化以外の要素が利いている可能性もあります。そこで、酸性化がウミキノコの生体に与える影響を実験で調べました。pHだけを変えた条件でウミキノコを1か月飼育したところ、ウミキノコの石灰化量は酸性化に影響を受けませんでした。また、酸性化しているほど、高光量時には光合成量が大きくなりました。つまり、ウミキノコにとっては酸性化しても石灰化については何も問題は起こらず、むしろ、光合成の面で酸性化が有利に働くのです。これは硫黄鳥島でウミキノコが密生することと整合的な結果であり、実験結果と野外で観察された事象とが結びつきました。
しかし、まだ問題点も残ります。前々号であったように、造礁サンゴの海洋酸性化への応答はまだまだ未解明です。ウミキノコについて実験結果が硫黄鳥島の生息状況に整合的でも、造礁サンゴについてはそうではないかもしれません。つまり、硫黄鳥島の酸性化海域に造礁サンゴはいませんが、実際は酸性化なんか平気かもしれません。その場合、実験で再現していない他の要素についても考える必要があります。たとえば、酸性化に並ぶストレス、高水温です。硫黄鳥島では温泉によって、海水温が周囲に比べ相対的に高くなっています。高水温は造礁サンゴ、ソフトコーラル、どちらにとっても白化の原因となるストレスですが、耐性が相対的に違う可能性があります。この点についても野外と実験とを組み合わせて評価していく予定です。


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メール:admin@coralreefscience.jp
サンゴ礁学ホームページ


文=井上志保里(東京大学理学系研究科博士課程)
東京大学地球惑星環境学科卒業。東京大学理学系研究科地球惑星科学専攻に進学し、修士課程の時に、自身が所属する東京大学海洋調査探検部にて、隊長として硫黄鳥島遠征調査を企画した。その調査先での発見をきっかけとしてソフトコーラルと海洋酸性化の関係を研究している。現在博士課程1年。


【月刊ダイバー2012年3月号に掲載】







「サンゴ礁学とは?」
文部科学省の科学研究費の支援を受けた研究プロジェクトです。人とサンゴ礁が共生する社会を構築するための学術的な基礎をつくることを目的に、生物学・化学・地学・工学・人文社会学など、さまざまな分野の研究者65名が連携して研究を行っています。この連載では、サンゴ礁学の博士研究員や大学院生から成る「サンゴ礁学若手の会」が、それぞれの研究や専門分野における最新の研究情報をお伝えし、サンゴ礁の不思議を調べる研究の醍醐味をお伝えします。


「サンゴ礁を学問する」は月刊ダイバーにて、好評連載中です。

ほし店長