海の砂漠に棲むサンゴの謎

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海コラム

コラムニスト: サンゴ礁学若手の会

Vol.15 海の砂漠に棲むサンゴの謎

サンゴはなぜ“海のオアシス”をつくれるか


透明度の高い、きれいな海。サンゴの棲む海は多くの生き物にとって栄養が摂りにくい砂漠のような環境です。なぜサンゴは貧栄養の海で繁栄することができたのか、サンゴが得る栄養はどこから来ているのか、サンゴの骨の化学分析から明らかにしようとしています。
海の中で栄養塩と呼ばれる物質(硝酸塩やリン酸塩などの窒素、リン)は、植物プランクトンによって取り込まれたのち、食物連鎖を通じて海洋生物の“栄養”となる物質です。サンゴは貧栄養な熱帯・亜熱帯の海で生き抜くために、ハイブリッドな方法で栄養を摂取しています。1つは動物プランクトンなどのごはんから摂取する方法、そしてもう1つはサンゴの体内に共生する褐虫藻(植物プランクトンの一種)の栄養塩摂取によってつくられた有機物をもらう方法です。さらにその有機物をサンゴが分解、排泄して栄養塩の形に戻ったものを褐虫藻がリサイクルすることにより、栄養塩が乏しい環境に適応していると考えられています。このサンゴの代謝のしくみに感嘆し、私の身体にも備わっていたらいいのに! と羨ましく思ったのが、研究に夢中になったきっかけです。
しかし、そこで1つの疑問が生まれました。そもそもサンゴ礁の栄養塩そのものはどこから供給されているのでしょう?


サンゴ礁の栄養塩記録計の発見


主な栄養塩である窒素の安定同位体比(14Nと15Nの比)の測定は、海洋の栄養塩の起源物質を探る有用な手法です。サンゴ礁に供給される窒素には、①沿岸の土壌から河川や地下水を通じて流入する陸域起源のもの、②大気から海に溶け込んだ窒素ガスをバクテリアが栄養塩の形に変換する窒素固定由来のもの、③栄養塩豊富な海洋深層水が表層に湧き上がってサンゴ礁に流入するもの、④エアロゾルが雨に溶けて降ってきたもの……などが考えられます。窒素同位体比の組成はそれぞれの起源によって異なるため、サンゴ礁の海水の窒素を測ってみればいいのです。
ところが、それには課題がありました。貧栄養のサンゴ礁では、海水中で硝酸塩などの形で存在する窒素の濃度はゼロに近く、測定がとても困難なのです。そんな中、ちょうど私が大学で研究を始めた頃、サンゴの骨の中には微量の窒素が含まれており、サンゴが骨を形成するときに海水中の窒素を取り込んで保存している可能性があることが報告され始めました。
サンゴ骨格中に含まれる窒素から海水中の硝酸塩の窒素同位体比を推定できれば、これまで謎だったサンゴ礁の窒素の供給源を明らかにすることができます。そこで、私たちは海水中の硝酸とサンゴ骨格の窒素同位体比を直接比較できる場所を探しました。陸からの窒素流入が多い河口付近なら、海水中の硝酸塩を検出することができるかもしれない。そう考えた私は、石垣島の白保をフィールドに、河口付近の海水とサンゴの骨格を採取し、海水中の硝酸塩とサンゴ骨格の窒素同位体比を比べてみました。すると、それらの窒素同位体比の値は驚くほど一致していたのです。


栄養塩の起源と歴史的な変化を解析する


なぜ両者の値が一致するのか、うれしい反面、不思議でした。サンゴが摂食と褐虫藻のハイブリッドで窒素を摂取していると書きましたが、測定した結果にはごはんの値が混ざっていませんでした。窒素同位体比の値は食物連鎖の段階とともに大きくなっていく性質があるので、ごはんとして食べる動物プランクトンの値は海水中の硝酸塩を褐虫藻が取り込んだ場合よりも大きくなるからです。海水中の硝酸塩とサンゴ骨格の窒素同位体比が一致したということは、浅い海に棲むサンゴは褐虫藻が取り込む硝酸塩からほとんどの窒素を獲得していることを示していました。そしてサンゴは褐虫藻を通して取り込んだ海水中の硝酸塩の窒素同位体比を骨格に保存し、記録していたのです。
この発見により、サンゴ骨格に刻まれる年輪の分析から、今まで観測が難しかった海の砂漠のサンゴ礁の窒素起源を明らかにすることができるようになりました。現在は富栄養化でサンゴが減ってきた海域にこの研究を応用して、栄養塩がいつどこからサンゴ礁に流れ込むようになったのかを調べているところです。


サンゴ礁学事務局へのお問い合わせ
メール:admin@coralreefscience.jp
サンゴ礁学ホームページ


文=山崎 敦子(北海道大学大学院理学院 博士後期課程)
北海道大学大学院理学院自然史科学専攻にて修士過程修了後、同大学院博士後期課程に進学。研究テーマは造礁サンゴ骨格の栄養塩指標の開発と古環境復元への応用。日本学術振興会特別研究員DC。


【月刊ダイバー2012年10月号に掲載】

「サンゴ礁学とは?」
文部科学省の科学研究費の支援を受けた研究プロジェクトです。人とサンゴ礁が共生する社会を構築するための学術的な基礎をつくることを目的に、生物学・化学・地学・工学・人文社会学など、さまざまな分野の研究者65名が連携して研究を行っています。この連載では、サンゴ礁学の博士研究員や大学院生から成る「サンゴ礁学若手の会」が、それぞれの研究や専門分野における最新の研究情報をお伝えし、サンゴ礁の不思議を調べる研究の醍醐味をお伝えします。


「サンゴ礁を学問する」は月刊ダイバーにて、好評連載中です。

ほし店長