赤道の島、女王の船~前編

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海コラム

コラムニスト: 久保彰良

Vol.04 赤道の島、女王の船~前編

右舷上部からアイランド・ブリッジをのぞむダイバー

スリランカ沖に眠る女王陛下の船

彼女の艦船接頭辞はHMS。それは“Her Majesty Ship”の略で、すなわち「女王陛下の船」という意味を持つ。『HMSハーミスⅠ』1※は、当初から航空母艦として設計され1918年1月に起工した世界初の英国海軍艦船である。ギリシャ神話のヘルメスから名付けられた艦名は「水星」に由来する。大航海時代に世界を席巻した歴史を誇り、海洋国家の国民を自負する英国人には、とくに思い入れのある艦船であるらしい。
1942年4月9日午前10時35分、19回目の出撃航海の途中、スリランカの東岸、バッティカロアの灯台から北東30マイル沖に彼女は沈んだ。
英国人のデイブとサムが『ハーミス』を探索しようと思い立ったのは2004年だった。この探査プロジェクトには、その後、同じ英国出身のファーグ、ブライアン、マイクが合流し、さらにアメリカ人のスティーブとジェイク、そして日本人の私が加わることになる。チームメンバーに共通することは、生まれは英国やアメリカ、香港などの違いはあるが、アジアで暮らす優れたテクニカルダイバーであり、なによりも好奇心に溢れるダイバーであることだ。日本人の私が選ばれた理由は、おそらく、かつて敵と味方に分かれて戦った相手の国籍を持つからだったのだろうと思う。



ベルベットのような広大な海を原始的に捜索

彼女が沈んだ場所を探す手がかりとなる情報は、1980年代にイギリス海軍が『ハーミス』を探査した記録だけだ。プロジェクト開始の翌年、2005年からチーム内でボランティアを募ってスリランカに遠征するが、もっとも苦労をしたのは現地でのシリンダーと減圧ガスの調達であった。またスリランカ東海岸のダイビング可能な時期は、強い東の風が止まる、ほぼ4~6月の間に限定される。それでもチームメンバーのさまざまなネットワークを駆使してガスと機材を調達し、サムとスティーブが2006年の6月、空母『HMSハーミスⅠ』が眠る具体的な位置を特定した。
6月のインド洋は、滑らかなシルクのような水面の、無風の海は、コバルトブルーに磨き上げられたガラスのように輝き、そして広い。『HMSハーミスⅠ』が沈んだ座標情報を得ているとはいえ、そして全長が180mの空母という特徴のある船とはいえ、広大な海を魚群探知機さえない小さな漁船で、ピンポイントにその場所を特定するには手間暇がかかることに変わりはない。大まかに推定した海域で、いつも魚影が濃く、根掛りする場所を漁師たちから聞き出し、ダイビングしながら1つ1つ潰してゆくという原始的な方法を朴訥に重ねるしかなかった。そして始末の悪いことに、使える時間も呼吸ガスも限られている。そんな身勝手で矮小なプレッシャーを抱える我々を、「何をそんなにあくせくするの?」と笑うように、青いベルベットの6月のインド洋は優しい。
「3日目の朝一番のダイビング。俺とスティーブがバディで、その日も潮が速いからさっさと飛び込んですぐに潜降したさ。明るくて抜群の透明度。かるく30m以上はあったね。下に10mも降りないうちにデッカイ船が見えた。もうコレに間違いないって思ったね。左舷を下にして真ん中あたりに独特のアイランド・ブリッジ2※、その前後にゃキャノン3※が上を向いてブッ立ってる! ブリッジ前方の砂地にゃ、こーんな魚雷だって見えてるんだぜ。目の前の右舷側の上には大きなGT4※の群れがグルングルン回ってる。もう頭ん中は、来年どうやってチーム全員のシリンダーとヘリウム、酸素を調達するかって考えてたさ。ワクワクしたね。初めて『プリンス・オブ・ウェールズ』5※を見たときよりエキサイトしたよ」水深53mの白砂の海底に沈む『ハーミス』を最初に見た時のことを、サムは身振りを交えながらこのように述懐する。



日本海軍の零戦と爆撃機が80機以上で攻撃

『HMSハーミスⅠ』は、英国海軍の航空母艦であり、当初から空母として設計され建造された最初の艦船である6※。全長183m、全幅21m、排水量10850t、40000馬力で最速25ノット、MkⅫ14㎝口径速射砲6基、10㎝高角砲4基を装備し、ソードフィッシュ型複葉雷撃機20機を搭載した歴史的な戦闘艦である。1923年の就航以来、地中海から中東、さらにはモルディブからセイロン(当時)、シンガポール、香港まで広範な海域で、第一次世界大戦から第二次大戦初期まで活躍した。
1941年12月、帝国日本海軍によるハワイの真珠湾奇襲で第二次世界大戦が始まる。翌42年3月には南雲中将率いる帝国海軍機動部隊が勢いに乗って南に転進し、英国、オランダ、オーストラリアからなる連合国軍の「東洋艦隊」と対峙することになる。
4月9日のセイロン島東北の都市であり、英国海軍の拠点でもあるトリンコマリーへの日本軍の空襲を避け、南に移動する『ハーミス』は、バッティカロア沖で帝国海軍の空母『赤城』の索敵機に発見される。『赤城』と『飛龍』から飛び立った80機以上の零式戦闘機と九九式艦上爆撃機の攻撃により、1時間と経たないうちに、世界最初の航空母艦『HMSハーミスⅠ』は、艦長オンスロウと19名の士官、288名の乗員、そして彼女の僚艦であった駆逐艦『HMASヴァンパイア』『HMSホリーホック』とともに沈んだ。
* * *
女王陛下の『ハーミス』が沈んだ場所を探り当てた我々は、翌年の本格的な探査ダイブの実現に向かって、高揚した気分でバッティカロアを後にした。バッティカロアからポロンナルワを経由してネゴンボ近郊まで、スリランカを東西に横断する7時間余りの鉄道の旅だ。赤道に近いこの島を横断する列車の旅は、むせ返るように暑い。冷房の無い客室のシートは固く、これまで経験したことのない南国の匂いで溢れ返る。自分が子供の頃、唯一の移動手段だった、紀伊半島太平洋沿岸を走るディーゼル列車の夏休みの旅行を懐かしく思い出させた。
駅に停車する度に売りにくるチャイ7※の買い方がわからない異邦人の私に、隣席の老人は無言でチャイを買ってくれた。彼方を見通すかのような澄んだ灰色の目をした親切な隣席の痩せた老人にも、もちろん私にさえも、次の探査ダイブまで6年も待たなければならなくなるとは、その時、誰に予測できただろうか。



※1=Hermes。ヘルメスの英語読み。日本ではハーミスまたはハーミーズと表記しているようだ
※2=Island Bridge。空母特有の広い離着陸甲板の中程にある艦橋
※3=Canon(大砲)
※4=Giant Trevallyの略で和名はロウニンアジ
※5=HMS Prince of Wales。1941年12月10日にマレー沖海戦で没した
※6=実際にはハーミスの建造が始まった翌年の1919年に起工した日本の空母『凰翔』がハーミスより2年早く完成した
※7=Chai。インドアジア大陸地域で愛飲される、素焼きの小さなカップに入った甘いミルクティ

ほし店長