石見銀山と温泉津

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コラムニスト:山本 遊児 × 東山 信治
其の八 石見銀山と温泉津


【キセルの雁首】
キセルに付けられた銅製の金具で、先端に刻みたばこを詰めて使用した。船乗りの愛用品と思われる。

陸の遺跡とは違いまだ手付かずのものが多い水中遺跡、遺物の数々。そんな、水中に眠る日本各地の遺物を追う。
第8回目は島根県の中央にある港町、温泉津。
その昔、石見銀山で生産された銀の積み出し港として栄えた。かつての繁栄ぶりをうかがわせる遺物が海底から次々と発見されている。

石見銀山遺跡は、1526年に発見されてから1923年に休山するまで約400年間にわたって採掘された日本を代表する鉱山遺跡で、島根県のほぼ中央の大田市にある。
16世紀中頃から17世紀前半には生産された銀が東アジアへ流通し、銀などを求めてヨーロッパ人が東アジアの貿易に参入したため、世界的な規模で経済・文化交流が行われるようになった。また、銀鉱山跡と鉱山町、街道、港と港町といった銀の生産から流通に至るまでの遺構が良好に保存され、周囲の自然環境と一体となった文化的景観を形成している。こうしたことから、「石見銀山遺跡とその文化的景観」は2007年に世界遺産に登録された。


【石材】
湾沖の海底で、岩の隙間から全長約1mの石材がまとまって発見された。この付近では無数の瓦も見つかっている。

温泉津は今でこそ小さな港町であるが、戦国時代の銀の積み出し港及び銀山への物資補給港として世界遺産に含まれている。江戸時代には北前船の寄港地となり、鉄道が開通するまで物流の中心地であった。海岸線のところどころに船をつなぎ止めるために加工された「鼻ぐり岩」があり、多くの船が停泊していた様子をうかがわせる。また、その名のとおり「温泉のある港町」で、町割りやレトロな建造物などに古き温泉街のたたずまいを見てとることができる。


【鼻ぐり岩】
船を岸壁につなぎ止めるため、岩に穴を開けたり、えぐりを入れたりして加工している。

港内の海底では世界遺産登録以前からレジャーダイバーによって陶磁器が発見されていたが、2009年にNPO法人アジア水中考古学研究所によって港内や温泉津湾沖の海底で潜水確認調査が行われ、陶磁器やキセルの雁首のほか、多数の石材・瓦が発見された。
陶磁器には18世紀前半~19世紀にかけての肥前(現在の佐賀県・長崎県)系の磁器があり、商品として運ばれてきた可能性がある。また、石材や瓦のような重量物は、船の重心を安定させるために船底に積み込まれていたことから、船の荷崩れや沈没があったことをうかがわせる。今後、調査が進めば、交易品や船そのものに関わる資料などが発見され、石見銀山と海をめぐる交易の様子が明らかになるかもしれない。


【陶磁器】
肥前系磁器の碗。ほぼ完形のもので、唐草文が描かれている。

考古学3つの原則

「遺物には触らない」「遺物を動かさない」「遺物を取り上げない」 考古学では何がどこにどのようにあるかを確認することがもっとも重要です。3つの原則を守り、遺物かな? と思うものがありましたら、月刊ダイバー編集部までお知らせください! >>hp@diver-web.jp

コラムニスト

写真=山本 遊児 (やまもと・ゆうじ)さん

水中文化遺産カメラマン/アジア水中考古学研究所撮影調査技師/水中考古学研究所研究員/南西諸島水中考古学会会員/The International Research Institute for Archaeology and Ethnology 研究員

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>>月刊ダイバーで連載中


文・解説=東山信治 (ひがしやま・のぶはる)さん

島根県教育庁文化財課
世界遺産室 専門研究員

ほし店長