徳之島面縄港・山港海底遺跡

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水中考古学タイトル コラムニスト:山本 遊児 × 新里 亮人
其の二十八 徳之島面縄港・山港海底遺跡 海底の鉄錨と碇石が物語る歴史的事実

陸の遺跡とは違いまだ手つかずのものが多い水中遺跡、遺物の数々。
そんな、水中に眠る日本各地の遺物を追う。
第28回目は鹿児島県・徳之島。
「水中考古学 其の二十二」で紹介したとおり
現在、徳之島の南端にある集落・面縄の海域を中心に潜水調査が行われている。
最近では、発見された鉄錨の位置から船の停泊位置が推測されるなど
遺跡調査をきっかけにベールに包まれていた歴史が一部明らかになりつつある。

山港発見1号碇石の調査

【山港発見1号碇石の調査】

2009年に確認されていたが、2016年1月も発見当時と同じ状況を留めていた

山港発見2号碇石の調査

【山港発見2号碇石の調査】

スケールを設置して、測量用の写真撮影を行なう

面縄港での調査では、水深20m前後の海底から鉄錨が5本発見された。その内訳は4つ爪をもつタイプが4本、2つ爪のタイプが1本であった。これらは鉄製とはいえ、長期間海中に沈んでいるので、それなりに劣化していることが想定される。むやみに引き上げて傷めてしまうよりは海中に留めて現況を維持することが文化遺産の保護にとって大切である。そのため、現状の写真撮影、必要箇所の計測、位置情報の取得を進めて、ひとまず調査を終了することにした。GPSの情報を航空写真上に示してみると興味深い情報が得られた。これまでに見つかった鉄錨5本全ては、サンゴ礁の割れ目となる水路上にあり、干潮時でも比較的水深の深い水路を選んで船を接岸させた様子がうかがわせる。船の詳細な停泊位置は、歴史上の記録に書かれていないので、今回の調査によってサンゴ礁の割れ目が船の停泊に適していたことを明らかにすることができた。

状況記録

【状況記録】

2号碇石発見状況を記録する様子。画板と方眼紙を海中に持ち込んで碇石の発見状況を実測する

徳之島北東の山港も、古くから港であったことが記録に記されている。2009年の調査で、碇石(木製の碇のおもりとなる細長の石製品)と推定される石製品が複数見つかっていたが、2016年1月これらのうち2本を引き上げた。陸上で詳細な観察と記録を行うためである。海底での発見状況(平面、立面)を図化し(写真左)、事務所に持ち込んでサンゴなど付着物を除去した。引き上げた2本の石製品はいずれも加工の痕跡をとどめ、島内では見られない石材が利用されており、何よりも海底で発見されていたという事実は、これらが紛れもなく船の往来に利用された碇石であることを物語っている。鑑定された2本の碇石は、徳之島南部の面縄だけでなく北東の山集落にも古い時代の港があった確実な証拠となる。今後は、これら碇石の類例を集め、どのような地域で利用されていたのかを探る研究を進める予定である。徳之島の海底遺跡の調査は今後も目を離せない。

1号碇石

【1号碇石】

付着物除去後。縁辺には成形のための加工痕跡が残り、中央部には抉りが認められる。重量60㎏前後

2号碇石

【2号碇石】

付着物除去後。台形状に形が整えられていることから、自然石ではなく人工品であることがわかる。重要30㎏前後

考古学3つの原則

「遺物には触らない」「遺物を動かさない」「遺物を取り上げない」

考古学では何がどこにどのようにあるかを確認することがもっとも重要です。3つの原則を守り、遺物かな? と思うものがありましたら、DIVER編集部までお知らせください! >>hp@diver-web.jp

コラムニスト

山本遊児さん写真

写真=山本 遊児さん

水中文化遺産カメラマン/アジア水中考古学研究所撮影調査技師/水中考古学研究所研究員/南西諸島水中考古学会会員/The International Research Institute for Archaeology and Ethnology 研究員

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新里 亮人さん写真

文・解説=新里 亮人さん

1977年沖縄県生まれ。2007年熊本大学社会文化科学研究科修了。2004年より伊仙町教育委員会学芸員を務める

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