絶対に諦めない男 水中写真家 古見きゅう

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絶対に諦めない男 水中写真家 古見きゅう

水中写真家という生き方 古見きゅう

海の世界に魅せられて、写真という表現方法でその神秘性と美しさを追求することを生業にしている希有な人たちがいる。水中写真家という職業。水中という制約の多い世界で時には危険と隣り合わせになりながらも、彼らが海中という舞台にこだわる理由とは? 独自の世界観を持つ水中写真家たちのインタビューを通し、そのバックグラウンドと思想に迫る話題の連載。第5回目は、30代という若さながらすでに数々の写真集を世に送り出してきた人気の水中写真家・古見きゅう。挫折と失敗を繰り返してもなお不屈の精神でチャンスをつかみ取る、1人の男の素顔に迫った。(月刊ダイバー2016年4月号掲載)
文・人物撮影=曽田 夕紀子

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ラッキーは存在すると思うけど、
「持ってる」っていうのは違うと思う。
運を引き寄せる方法が1つだけあるとしたら
諦めないことだって思うんです。
何回もチャレンジすること。
それしかない。

ふるみ・きゅう

東京都出身。本州最南端の和歌山県串本町にて、ダイビングガイドとして活動したのち写真家として独立。現在は、東京を拠点に国内外の海を取材で飛び回り、海の生き物たちの姿や美しい水中風景などを撮り続けている。海の生き物たちのコミュニケーションをテーマとした写真集「WA!」(小学館)、アオウミガメ「WAO」の成長物語を綴った絵本のような写真集「WAO! 海の旅人ワオの物語」(小学館)、インド洋から南太平洋、日本海や南極海など9海洋の海中風景を収めた「THE SEVEN SEAS」(パイインターナショナル)、空襲によりチュークの海に沈んだ日本船の全40隻余りを収めた「TRUK LAGOON トラック諸島 閉じ込められた記憶」(講談社)など著書多数。

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 ――機内アナウンスの予告通り、着陸準備に入った機体はじょじょに高度を下げ始めた。海外での撮影取材を終え、成田へ向かう機内で、古見きゅうは得も言われぬ恐怖と戦っていた。激しい頭痛、著しい体力低下、全身の倦怠感、握力の低下……。数か月前から身体のあちこちが不調をきたしていた。日頃から前向き思考を心がける古見でさえ、そのうち治るだろうだなんて高を括れなくなるほど、その嫌な兆候は日を追うごとに深刻度を増していた。とりわけ飛行機での移動の際、気圧変化に伴って生じる手足の先がビリビリ、ザワザワとする感覚には肝を冷やした。急な高度変化を伴う離陸時と着陸時には、全身に冷や汗をかき、死の恐怖さえ頭をよぎる。その恐怖に対抗すべく、機内では睡眠薬の力を借り、寝てやり過ごすのがいつしか古見の常套手段になっていた。
 不調の正体は、減圧症であった。戦後70年を迎えた2015年に上梓した写真集「TRUK LAGOON トラック諸島 閉じ込められた記憶」。その作品撮りの追い込みのため、足繁くミクロネシアのチューク(トラック諸島)へ通っていた頃のことだ。第二次世界大戦中、米軍のトラック大空襲で沈んだ日本の船、40隻余。静かに海底に横たわるすべての船を写真に収めるべく、約9年の月日をかけて古見は撮影を続けていた。水深50mに沈む船に1日3本潜ることもあれば、激流が襲う水深75mの沈船を目指すこともあった。けっして安全管理を怠っていたわけではない。減圧用に酸素濃度の高いタンクを用いたり、数十分もの減圧停止を丹念に行ったり、できる限りの安全策は投じてきたつもりだった。しかし、どこかできっと無理が重なってしまったのだろう。次第に身体は悲鳴をあげ始めた。「もしかしたら減圧症ではないか?」という不安が頭をかすめながらも、隙間なく埋まっていた取材の予定をキャンセルするわけにはいかないと、病院へも行かず、だましだまし潜り続けた。そして、ある時、身体がついに限界を超えてしまった。立って歩くことすら困難になり、すべての予定をキャンセルして治療に専念することになった。そして、2か月間の治療のあと、また懲りもせず古見は海の世界へと戻っていった――。

命をかけて撮るということ。

 断っておくが、この話はけっして減圧症になるまで身体を酷使したことを賞賛する美談として、紹介しているわけではない。ただ、『水中写真家・古見きゅう』の覚悟の一端を知ることの出来る、1つのエピソードであることは紛れもない事実だろう。
「(減圧症に対して)僕は強いと思っていたし、実際強いと思うし、自分だけは絶対にならないって思ってたんです。だから、とにかくがむしゃらに潜っていたし、仕事の依頼も全然断らなかった。もともと僕らの場合、常日頃からギリギリの潜り方はしているわけですよ。だって、やってることがレジャーではないですから。作品撮りであれ、雑誌の仕事であれ、最大限頑張りたいと思うから、そこで無理をしないといえばやっぱり嘘になる。そんな潜り方しちゃダメだよっていう人もいるけれど、それはレジャーだからでしょ? って。こっちは命かけて潜ってるんだ、なんで命かけてやってる人間にそれはダメだなんて簡単に言えるんだって思う気持ちはあります。ただ、あれからは生活習慣も見直して、より安全な潜り方を意識するようになりました。命はかけているけれど、海で死にたい訳ではないから」

写真=古見きゅう

チュークの中でも水深が深く撮影は非常に難しい駆逐艦「追風」

 じっさい、チュークで撮影した沈船は、レジャーダイビングではアプローチできないものが多い。例えば、水深75mに沈む船「葛城山丸」の撮影は、欧米系の現地サービスに何度も断られながらも粘り強く交渉し、特別に連れて行ってもらって実現したものだ。激流、深場、いまだに人骨が転がる、狭くて暗い船内……。、得体の知れないガスが溜まった不気味なエアドームに入ったり、1m幅もないような場所を一人で進むこともあった。そこには、減圧症のリスクだけでなく、下手をすれば死に直結するあらゆる危険が潜んでいた。
 海の魅力は? と問うと「魚がいるから」という答えが淀みなく返ってくる。そんな根っからの魚好きである古見にとって、沈船はもともと被写体としては興味の対象外だった。チュークでの沈船撮影はいわば古見にとって異色のテーマであったし、撮影中に「楽しいと思ったことは1度もない」という。それでも危険を顧みず長年撮影を続けてきたのは、人知れず朽ちていく沈船を前にしたとき「記録として残さないといけない」という使命感にも似た強い思いが沸き起こったためだという。
「ひとつだけ言えることがあるんです。俺、絶対に諦めないよ」
 志や目標のためならば、苦労も努力も危険も泥臭いことだってまったく厭わない。誠実で義理堅く、不器用なまでに一本気。そんなまっすぐな男が撮る写真にどうしようもなく惹きつけられる人が多いのは、それが言葉通り、命をかけて撮られたものであるからかもしれない。

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 水中写真、とりわけ魚の写真を撮る時に、古見が思い描く理想の写真像というものがある。古見の言葉をそのまま借りるなら「なんとなく沁みる写真」だ。
「ビッグインパクトじゃなくていいんです、じんわりずっと見ていられる写真というか。もう少し分かりやすく言うと、魚が生き生きしている写真。例えば、ゴンベっていますよね。あいつらって、大概上を見てるんです。こうやって、ピッ! って。カエルウオなんかも典型。穴の中に入ってずっと上を見てるでしょ。そういうのがなんか気になる。何見てるんだろう? って。街を歩いていても、物憂げな顔している人っていますよね。海の中にも絶対そういうのってあると思う。溌剌としているのもいれば、悲しみにくれているのもいる。そういうのを感じ取ると、ああ、やつらも生きてるんだなぁって」
 海の生き物の姿を擬人化したような心温まる視点は、古見らしい表現の1つだといえるだろう。海の生き物の交流を写真絵本のように表現したファースト写真集「WA!」(小学館)においても、魚の世界を切り取っていながらもどことなく人情味にあふれる写真が印象的だ。
「ガイドをやっている時から、こういうシチュエーションを撮るのが好きでした。同じフレームに別の種類の魚が入っていて、なぜか対面しているっていう。ガツガツ喧嘩をするわけでもなく、どっちも過剰に意識していないのがいい。あ、ほんとうに僕らのご近所づきあいと変わらないんだな、みたいなね(笑)」

写真=古見きゅう

この写真を撮影できたことによって、「WAO!」のストーリーが完成した。思い出に残る一枚

 写真集「WA!」を出版するにあたって最初に小学館へ飛び込みで電話をした時、「水中写真の写真集は難しいと思いますよ」と電話口からはつれない言葉が返ってきた。なんとか対面にこぎつけてプレゼンをすると「魚を魚として見ていないところに感動した」とその場で出版を決めてくれた。出版してからは、「魚をこういう風に見たことがなかった」とたくさんの読者から感動の声が届いた。それらすべてのことが古見にとって、辿ってきた道程を肯定し、未来の道しるべをも照らし出すような大きな自信に繋がる出来事だった。
「たくさんの人がすごく喜んでくれたのが素直に嬉しかった。『WA!』を出せて人に喜んでもらえたことで、自分のことなんかどうでもいいなって心から思えたんですよね。肩の力が抜けたというか、手法にこだわったり、うまく撮ろうとするのをやめた。最近はとくに、海の中でほんとうに無の状態。作為を入れず、見たままをそのまま撮りたいって思います。感じるままに、その被写体を受け止めるように撮りたい。その日の海の色が緑なら、そのままの緑色で撮ればいいじゃないって思うし、もしも被写体の前に障害物があるのなら、それごと撮るか、動くまで待てばいいじゃんって(笑)」
 自分の想像よりもはるかに壮大で、愛おしく、愉快なドラマが、海の中にはあふれている。それを真摯に偽りなく、心のままに従って切り取ることができれば、それだけで価値ある写真になる。それを手応えとして感じられたことで、作為のないニュートラルな状態こそ古見のスタイルになった。ただし、写真を何かの形にして世にアウトプットする時は、より多くの人に伝わることを意識して展開や見せ方については熟考に熟考を重ねるという。
 アオウミガメを主役にした写真集「WAO! 海の旅人ワオの物語」もそうだ。子供のウミガメ「WAO」が、広い海を旅する中でいろんな生き物と出会って成長していく物語。そこにアオウミガメの生き生きした写真が寄り添う。まるで絵本のように写真と物語がぴったりとマッチしているため、まるで実在する「WAO」を追う巧妙なノンフィクションのようにも、あるいはストーリーに合わせてアオウミガメが演技をしているようにも思えてしまう。言うまでもなく、掲載されているすべての写真は、自然の海でじっさいに古見が出逢ったシーンをそのままに撮影したものである。ありのままを撮ると言ってもただ行き当たりばったりで受け身なだけでは、ぜったいに撮れないであろう驚くべきシーンばかりだ。

チャンスを掴むたった1つの方法。

 決定的チャンスをものにするただ1つの方法。古見にとってのそれは「諦めないこと」だという。例えば昨年、小笠原でザトウクジラの親子を撮影した時のことだ。限られた日程のなかで午後に出港を控えた最終日に、ようやく水中でザトウクジラを狙えるチャンスが訪れた。しかし泳ぎが速く、警戒心の強いクジラの親子は簡単に撮らせてはくれない。クジラを見つけては、船から飛び込む。それを何度も繰り返す。確率を高めるために途中からは走行状態の船から飛び込むようになった。減速しきれないボートから飛び込むと、水面を転がるような格好になり、叩きつけられた全身に痛みが走った。数え切れないほどトライを繰り返した後、出港時間が迫るギリギリのタイミングでようやく撮影に成功。最後はなんとクジラのほうからスーッと寄ってきてくれたという。
「『きゅうさん、持ってますね』って言われることがあるけど、それにはちょっと抵抗があって。だって俺、ぜんぜん持ってないから(笑)。例えば、あんなことを繰り返してやっとクジラを撮れたのだって、別に『持ってる』からでもなんでもないですよね。ただ諦めなかったから。あとは運が良かっただけ。運を引き寄せる方法がひとつだけあるとしたら諦めないことだって思うんです。何回もチャレンジすること。それしかない」
 自然体でありながら、どこまでもストイック。そんな古見が今、全身全霊をかけて取り組んでいる新たなテーマがある。それが、「日本の海」だ。

写真=古見きゅう

八丈島で出会ったキビレマツカサの群れ。やはり日本の海は面白く、奥が深い

写真=古見きゅう

串本に毎年出現するチョウチョウウオの大きな群れ

「世界中の海を潜るようになって、日本の海を改めて面白いと思うようになりました。親潮と黒潮があって、サンゴ礁も流氷だってある。世界でもそんな多様性にあふれた海ってないですよ。海外のどんな海よりも面白いなって思う。日本人の水中写真家として、その魅力を伝える写真集をまとめたいと思っているんです」
 北は北海道から南は沖縄まで、日本海から太平洋、オホーツク海まで。日本のすべての海を対象にした作品撮りは、気が遠くなるほど壮大な物語になるだろう。その道のりは険しく、遠く、予想もできない困難だって待ち受けているはずだ。でも写真集が完成するその日のことは、不思議と簡単にイメージすることができる。古見きゅうは、誰よりも魚と海が好きで、途方もなく諦めの悪い頑固一徹な男だからだ。

写真=越智隆治

月刊ダイバー2016年4月号より

ページ数:見開き4ページ(P32〜P39)
容量:2.8MB(保存した場合)

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>> 古見きゅうオフィシャルwebサイト

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古見きゅうさんが命賭けの写真集「TRUK LAGOON」のオープニングパーティー&レセプションの模様と、そこで語られた「TRUK LAGOON」への思いをコラムでご紹介しています!

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古見きゅう写真集『WA!』